片想い礼賛
 <からだを許さない恋愛は、あるいはカタオモイは、愛されるにふさわしい人間になる努力をするんだよね。だから成長するし、美しくなる>という≪片想い礼賛≫をテーマに編集。投稿歓迎。
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名を声に出せば虚しく風掠うなれど嬉しやまた声に出す





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名を声に出せば虚しく風掠うなれど嬉しやまた声に出す
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名を声に出せば虚しく風掠うなれど嬉しやまた声に出す



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★★★  『 誰かの思いと自分の思いが違っても・・・  by 光呼 』
♪♪♪   

★★★  『 沖縄復帰35年―自立の道探る若い世代 』
♪♪♪    

★★★  『 このまんま憲法改正が行われていいの? 』
♪♪♪   

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『 こんなに離れてても思い合えるなんて素敵だね 』   by 夢呼

気づいたら悩みまくってた
これでもかというくらいにいろんなことを考えた
でも、なかなか答えは出てくれなくて、もっと苦しくなってた
ごめんなさい、傷つけちゃって
ほんとにごめんなさい
わたしにはあまりにも見えなさ過ぎて、正直怖かった
触れないようにしなきゃって、ちょっと頑張ってみたけど
やっぱり無理だった

たくさんの人たちにあったかすぎるくらいの言葉をもらって
ほんとにこれでいいの?ってたくさん思って
でも、これでいいんだって思えて
たっくさん涙ばっかり溢れてきて
でも、不思議と悲しい色じゃなくて綺麗な色をした涙で
ほんと、救われた気がした


大好きな人がいるって言ったけど
出会ったとき、初めてな感じがしなかったの
「久しぶりだね。元気にしてた?」心は、そう笑って言ったよ
すんごい前に、きっと一度出会っていて
この瞬間にもう一度再会を果たせたような感じで
胸のずっとずっと奥から溢れてくる想いは
「もう一度出会えてよかった」ほんと、それだけだった
ねぇ、初めて声を聞いたときあったかかったよ
きっと、今まで一番ぐっすり眠れたよ
多分、一番やさしくなれたよ
ほんとに、心から笑えたよ

でも、たまたま出会ったらあなたは遠くにいて
手が届かなくて、もどかしくて
だけど、大切なあの人がいってくれたもん
「神様があなたと彼をここで繋いでくれたんだね」って
だから、「ありがとう」なんだもん

きっと、ここで起こったことは
ほんとに夢のような世界での出来事
でも、それでも出会えたのなら
それは、運命でしょ?
信じてみてもいいでしょ?きっと
だって、いつだって半分個だもん 片方ずつだもん
寂しくって当然だもん
だって、一人じゃ埋められないもん
一人で埋めたくないもん
この半分の大きなスペースは
わたしとあなたでひとつ
だけど、いつだって半分個
だから、寂しいけど悲しくはないもん


傍にいられることが当たり前じゃないって分かってて
傍にいられることを当たり前にしようとしたことは
それは、わたしのただのわがまま
それは、出会わせてくれた神様に失礼でしょ?
せっかく繋いでもらって、出会わせてもらったのに
全部をわたしが切ってしまうようなものでしょ?
だから、やめることにしたの
もう、いいじゃない

だって、同じ空を見たんでしょ?
羽根のある空を一緒に見たんでしょ?
離れてても、ちゃんと見えたんでしょ?
同じ日に同じものを作って食べて
同じような色を好んで
同じような仕草をして
同じように目を瞑って
いつだって、違ってたみたいで
全然、違わなかったじゃない
ひとつも違ってなんかいなかったじゃない
ねぇ、そうでしょ?

もう、手を繋げなくてもいいじゃない
いつか繋げるんだからいいじゃない
もう、無理なことを望むのはやめにするの
それよりもできることを探すの
わたしたちを繋いでる言葉を大切にするの
見えない姿でも繋がれる温度を大切にするの
傍に感じれる瞬間も寂しくなる瞬間も
丸ごと全部愛に変えてしまうの
ねぇ、そうすればもっと傍に感じられるでしょ?


大好きなお母さんが言ってくれた
「傍にいてもこんなに思ってくれる人はいないのかもしれないのに
ほんとうにこんなに離れてても思い合えるなんて素敵だね」
わたしも、そう思うよ
全部お母さんの言うとおり

だから、あとちょっと
会えるまでのもうちょっと
寂しい気持ちとだって手を繋いで
あなたが来るの待っていようと思うの
ここへ来たときにちゃんと両手を広げて
「おかえりなさい」を言うんだ
「はじめまして」なんかじゃなくて
「ひさしぶりだね」って笑って言うんだ


常識はずれだっていい
もう、そんなのわたしには分からないもの
だけど、ひとつだけわかることがあるの
あなたが大好きだってこと
でも、それだけでいいの
今のわたしにはそれだけでいいの
それを否定されたって
わたしの全部を否定されたって
わたしの叶えたかった夢は
この人と手を繋ぐことで
一緒に歩いてくことで見えてくるものだから
あなたと歩くことはわたしの夢
その夢を叶えられたら
わたしはもっと夢を大切にあたためられると思うから


たまにずっこけるけど
つまずいちゃうけど
よくころぶけど
あのときの答えがやっと出たよ

“もし、ふたり一緒につまずいてころんでしまったら?”

一緒に寝っころがって空を見るよ
一緒に綺麗な星でも眺めてるよ
一緒に目を瞑って見えない音を感じながら
一緒に同じ夢を見ながら眠るよ

それが、わたしのゆめ


今まででっかい夢をずっと語ってきたけれど
今は、ちっちゃな夢でいい

一緒にいたい 傍にいたい
夢が夢でなくなっても、夢をみられるわたしがいれば
夢は一生消えたりなんかしないから
今は、この夢を大切にするの
叶えられる今のこの夢を、大切に大切にするの

素敵な夢をありがとう
叶えたい夢をくれてありがとう



信じていた世界を
信じられなくなってしまったのは誰のせいでもなくて
信じていいの?ってきかれて
信じないよって言ったわたしのせいだから

でも、やっぱり
ここはわたしが信じたい世界
だから、胸を張って言わなきゃね

この世界を信じるよ
この世界を愛するよ
わたしの信じてる世界はここにあるよ
わたしが愛したい世界もここにあるよ
だから、信じるよ
全部全部、信じてみるよ


今まで逃げようとしてたものが
思ったよりも簡単にわたしのとこへやってきてくれたから
きっと、もう逃げないよ
ちゃんと、心と心を向き合わせて
やっと、「こんにちは」って言えるようになるんだね
ありがとう、ずっと待っていたよ

この気持ちは、大事な気持ち
なくしちゃいけない気持ち
愛の気持ち
わたしのありのままの気持ち
だから、ゆっくりだけど
ほんとうに、すぐにペースが乱れてしまうけど
それでもあなたと一緒に歩いてくね


わたしのゆめ
あたためたかった、わたしのゆめ


ありがとう
こんな気持ちを思い出させてくれてありがとう
みんなありがとう


心を寄り添わせて
半分の心で繋ぎとめて
やっぱりわたしはあなたに言いたいの
ありがとう、大好きだよ






義経の恋その2 ☆ 目的のためには手段を選ばず
 16歳の時義経は父と慕った清盛への宿敵打倒の祈願をたてたという。
 そのためには武術を鍛錬しなければならなかった。第一の変貌である。竜馬も16歳の時心の奥深くに一大誓文を刻み込んだ。千葉道場一の剣客に成長した。竜馬の第一ステージはやはり武闘訓練だった。少年時の心根は義経も竜馬もあまり変わらなかったのではないかと思う。
 現実の武闘のステージになると義経と竜馬の間には大きな隔たりができてくる。その差異は世界観の違いだろう。30余年の中の10余年の燃焼にも歴史は大きな違いとなって結実するのだ。ここの視点の考察は21世紀のパラダイム基軸としておもしろい課題だと思う。
 義経の恋と竜馬の恋にも自ずからなる違いがおもしろそうだ。義経雑話として推論してみたくなる。ぼんやりさんの 『鬼一法眼』 によると、法眼の所持する兵法書『六韜』を読みたくて、娘と懇ろになってそれを盗みだし、読破した。暗記してしまったというのだ。その気迫の程が伝わってくる。その気迫で女に迫ればこれを拒める女はいないだろう。このパターンの恋は権力闘争の世界では当たり前のことに違いない。単純にいえば女は野望のために利用され、絶望の果てに命を落とすのだ。激怒した法眼は刺客を放って義経暗殺を企てたが、義経は逆に刺客を惨殺し、その首を法眼に投げ返した。もはやここには心優しき義経はどこにも存在しない。存在するのは打倒清盛の執念だけだ。・・・哀れ女はそんな義経のパッションに恋焦がれて自死してしまう。ここの義経が最後まで続くことになるのだ。義経が破局を迎える器の小ささがこの時の術数の中に潜んでいたと言っていいだろう。血気盛んな義経には情勢のダイナミックな力学を見通す眼力は育まれていなかった。それを開示してくれる状況も出会いもなかったのだろう。無知は悲劇を生んでも英雄は生まない。おやおや、義経英雄こき下ろしになってしまった。けれど、愚仁も義経はやはり好きなのだ。竜馬ほどではないけれど・・・。

一念発起ただの仇討ち
竜馬が愛した女その01
 「又あふと思ふ心をしるべにて 道なき世にも出づる旅かな」
 竜馬がお龍に贈った歌です。道なき世に新しい道を創りだそうとして命がけで単身駆け回る竜馬を支えたのがお龍さんであったことを感じます。お龍さんを唯一頼みにするしかないほど竜馬は孤独だったのでしょうね。そんな竜馬を全身全魂で受容するお龍さんはやっぱり型破れの自由人であったのでしょうね。時代を突き抜けた二人の3年余の愛はおもしろおかしく、またはかなくかなしい輝きでした。
 『 龍馬が生きて居ったなら又何とか面白い事もあったでせうが・・・ 是が運命と云ふものでせう、死んだのは昨日の様に思ひます 』
 後年、お龍さんが語った言葉です。悲惨とも思える66年間のお龍さんの後半生ですが、死ぬまで竜馬と一緒だったことを知ることができます。「坂本竜馬が妻龍子」がお龍さんの墓碑銘でした。
恋の一念金メダル
 <(前略)・・・私と英作は、なにがなんだか分からず、プールサイドに走り込んで、そして、号砲一発、プールの硬き面に響き、400自由形が始まったのであった。助っ人のきーちゃんは、ロケットのように泳いだ。
きーちゃんは、最初から飛ばしに飛ばし、ブクブクブクときーちゃんがチカラ強くストロークするたびに、放屁のごとく泡がきーちゃんの後から後から、ついてくるのであった。
結果は、町内中学3年生の400自由形の記録を塗り替え、一位でゴールして、きーちゃんは、表彰台に立たないまま、便所に駆け込んだのであった。
肛門が切れたきーちゃんは、新学期にも学校へ出てこなかった。町立病院に下痢と、肛門からの出血で入院をして、きーちゃんは、水泳部の永吉孝子のお見舞いを受けた。
実は、まじめな牧田の町内合同水泳大会で優勝したときにの、きーちゃんとの契約は、「永吉孝子」のキスであった。町立病院へ永吉孝子が何を見舞いにもって行ったかは、私は知らない。きーちゃんも、何をもらったかを、私にも英作にも言わなかった。>

助っ人のロケットはきーちゃんや をクリック、全文読んでくださいね。

 <片想いは人間を美しくする>をバージョンアップする話がある。≪恋は人間力を強力にする≫という例証だ。冷笑する人はきっと人間力が低下した人に違いない。
 しゅんさんにしか語れないペーソスがあるけれど、「火事場の怪力」風の真理が内蔵されているのだ。これは思春期にしか発揮できない怪力かもしれない。青春の門をくぐった人たちはこの怪力を自分で体験してきたことだろうし、身近な人たちの怪力譚を見聞きしてきたことだろう。少年期、仁もいじめられながらも村の先パイ青年達に混ざり込んで声を低めて語る怪力譚や秘め事ぼぼ話に目を光らせ、耳を峙て(「そばだて」・・・えっ、漢字の仁が知らない漢字が変換されたぞ)たものだ。仁の海馬のどこかに封印されたままだが・・・。思春期の想像力のすごさは津波もどきだが(人を殺す力を持っている。危険なセブンティーン。暴発青春力)、素朴の念力は無限に蓄積されてクリエイティブな生命力を放出する。恋はエロス。カオスと双生児なのだ。きーちゃんのロケット変身術はたくまれたものであったが、溺れる者藁をも掴む一念はきーちゃんの<「永吉孝子」のキス>に収斂されていく一筋の道、一筋の光、エロス力なのだ。
 こんなエロス力を発散している怪人は見かけなくなった。昨今の恋愛のウリは「やさしさ」なのだ。色男ゼニと力はなかりけり。やさしさにコロリンコじゃなく、怪人力にコロリの恋愛が増殖していくような世界再生の時代が70年代に起ころうとした。NO WAR、MAKE LOVE。このかけ声が世界中を駆けめぐり、大きな波動となって青年達を破壊と創造に奮い立たせた。想像力が権力を奪う。パリの落書きが全世界を震撼するマントラになる磁場が形成されていた。それはまさに共時性が日常的に体験でき、連動し、増殖し、創造的な世界を自己実現する時空=宇宙、エロス力を出現させた。
 夢見る力をもう一度・・・。
きーちゃんの夢見る力を再興させたいものだ。くれはやししゅんさんの発信する波動が大人達に受信されて、その大人達がその波動を身近な子ども達に伝達していくようになることを願う。
「美しい女」が歴史を変えた!?
 第一回の『平清盛』を見た。
 子どもの頃漫画で読んだきりで、あとは教科書に書かれている程度しか知らない。なのに、授業ではあたかも義経大ファンみたいに語っている。仁の語る義経は鵯越の発想の転換と、兵どもが夢の蹟の芭蕉さんに関連づけての話しだけだった。これは仁授業の十八番テーマなのだ。
 けれど、今夜第一回の義経を見て平治の乱の内容も義経の生い立ちも実のところ何も知らないことを知った。例によって後悔した。もっと勉強しとけば・・・。しかしもっと本読んでもっと深く知っていたらテレビの義経は面白くないに違いない。今夜の義経は愚仁にはすこぶるおもしろかった。
 いろんな場面で、いろんな内容で、興味関心が騒いだが、(無知は人生を百倍楽しくする)、仁授業のようにあちこち飛び回ったが、一つのテーマで日記風に雑文書いてみたくなった。そのテーマは『恋・愛アラカルト』。BLOG片想い礼賛のカテーゴリーを一つ追加しよう。
 
 平清盛は源義朝を今夜殺したが、その愛人の常磐御前と今夜寝た。第一話の中に語り尽くせぬほどの物語が内蔵されているのだ。夏草や兵どもが夢のあと。この夏草の中に藤原三代と義経の歴史が内蔵されている。「常磐、面を上げい」。常磐はひたと清盛の顔を見つめる。その顔がやっぱり美しい。清盛の思いの中ではただ美しいだけではない。母恋いの深い深い情が内蔵されているのだ。母恋いの情を断ち切ることができていたら頼朝は殺されていたし、常磐を愛人とすることはなかっただろう。つまり義経は鞍馬山に籠もることもなかったのだ。常磐御前が清盛と寝たとき義経は1歳。今夜のタイトルは『運命の子』。 そうなのだ、『運命の子』というからにはここにも様々な『運命の法則』が内蔵されているのだ。『BLOG運命の法則を読む』に連動させて、義経を楽しむことにしよう。
英作の初恋
 恋は人間を発情させもするが、研鑽もさせる。不思議な力を持った奇蹟なのだ。
 今は恋が簡単に手に入り、簡単に捨てられて、それでいて激怒したり、絶望したり、あるいは泣き続けることもないような・・・。素朴な人間としての<青春の門>ではなくなってきたのではないか。悶々するような青春の門をのぞき見ることもなく、ちょっとしたきっかけでもう既に恋愛経験者としていっぱしの大人ぶる少年・少女が増えてきたように見える。

 
英作の初恋・・・「バスは坂道を走り抜けて、人生を教える」
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 仁も初恋の小5・6を思い出したが、ナイーブなので、まだ語らない。実は記憶から失われているのかも・・・。けれど、じっくり、記憶の海へ降りていけば、ちゃんと記憶に出逢い直せるものなのだ。出会い直しのスキルがないだけだ。記憶の海・・・愚仁は、・・・カナヅチだった。
 やり直しはいつだってきくんだ。明後日ばかり見て生きてきたから、新生2歳の05年は、身辺りのものと出来事に心を尽くしていこうと考えた。まずは一日一感動。野の花の命の営みに触れて、命の学びを始めよう。英作の初恋のように道ばたのナズナに恋をしよう。命が記憶の海なのだ。
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