片想い礼賛
 <からだを許さない恋愛は、あるいはカタオモイは、愛されるにふさわしい人間になる努力をするんだよね。だから成長するし、美しくなる>という≪片想い礼賛≫をテーマに編集。投稿歓迎。
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愛の中で・・・無限さんの詩へ
無題 ..無限
2005/03/22(火) 19:48 No.8951

好きだったことは、
心の奥の湖に
そっと沈めておくから。
あなたは、
ぁたしの存在を
白い羽にして
あの美しい空へ
飛ばして下さい

愛していたことは、
心の中の森に
埋めておくから。
あなたは、
ぁたしの思いを
蓮の花にして
この美しい海に
そっと流して下さい


 無限さんへ

好きだったから、湖に行けば
あなたに会える
愛していたから、森に行けば
あなたが蘇る
湖も森も私の心だから
あなたがどこにいても
わたしはいつもあなたと一緒だ

 詩に答はありませんし、詩にhow toはありませんけれど、もう一歩先へ歩いてみませんか・・・そんな思いを抱いてしまいます。哀しみも苦しみも乗り越えて見送る恋が美しすぎて、そんな美しい恋を手放すのは口惜しいと思ってしまうのです。人はどうして人を好きになり、人はどうして別れてしまうのか・・・別れなくてもいいつながりや別れても愛し合っていけるつながりがないものか・・・そんなことを考えてしまうくらい美しい恋が詠われていると感じます。恋から愛へ。空を飛ぶ「白い羽」は自分の所へ戻ってくることはあるのでしょうか・・・。海に流れる「蓮の花」と一緒にもう一度海を流れていくことはあるのでしょうか・・・。

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隣はいつも愛で満たされている
隣 ..花音
2005/03/21(月) 23:00 No.8943

傍にいるのが当たり前で…

当たり前すぎてわかんなかった 

あなたのことがこんなに

大切だったなんて…


誰かが言ってた

「人は、大切な人や物を失ってはじめて

それの大切さに気付く」と 


なんでもっと早く気が付かなかったんだろう 

なんでもっと優しくできなかったんだろう 

あなたはあんなに優しかったのに…


傍にいるのが当たり前で…

当たり前すぎてわかんなかった

あなたのことがこんなに大切だったなんて…


私の愛した大切な人はもういない

私の隣は空いたまま…

もう埋まることはないでしょう


Re:隣;隣はいつも満たされている ..仁
2005/03/22(火) 21:00 No.8954

心がうつくしいのは
心にはいつも未来があるから
心が輝いているのは
心にはいつも愛があるから
愛はいのちの営みだから
いのちある限り
愛が終わることはないのです

 <愛の泉は誰の中にもある。それを見つけ出し、最初にその水を飲むのは自分自身だ>
と鈴音さんが言いました。愛は外に求めるものではなく、愛は人に分かち与えるものだと、鈴音さんから学びました。花音さんが気づいたことはとても大切なことだと思います。気づいた花音さんは愛を分かつ人になったのです。花音さんが愛した大切な人に愛を分かち与え続けてください。花音さんが愛を分かち与え続けれ限り、花音さんの隣は空いたまま、ではありません。いつも隣に花音さんの愛した人はいるのです。それが花音さんの気づきではないでしょうか・・・。
そんな自分は子どもだなって思った・・・by 無紗嵯
 鈴音さんと93MRさんのメッセージを読んで、無紗嵯さんが自分自身と向き合い、

 私は自分のことしか考えていなかったってことかな?
 あの人のためにって思ってしてきたことも全部、自分のためだった? 自己満足のためだったのかな。強くなりたいと思っていた・・・けど、違うかもしれない。本当は誰かに甘えたくて、頼りたくて、どうしようもなく寂しかっただけ。だから、何か、誰かに気づいてほしかったのかも。いろいろ考えて、強くなるって言葉は、きっと、それぞれ意味は違うんだ。
 今日は、少し、二人のこと思い出してみます。
 好きな人とはこれからどうなるのかわからないけど、・・・きっと私は今、片想い。
 もし、私たちがつき合っていたのが周りの人に知られたら、きっと反対されて、別れさせられます。私たちはつき合えないから。私が大人になるまでは。だから、最初はお互い気持ちを隠していたんだ。でもある日、二人っきりになって、言ってくれたんだ。もう、隠さなくていいよ、って。きっとこれからもつらいけど、ゴメンなって。
 それからすごく幸せだった。一週間、毎日、好きな人と二人出会えて、たくさん笑いあって、好きって、幸せって、大事にするって、たくさん言ってくれた。それから、たくさん、いろんなことがあった。ある日、好きな人が泣いた。元カノが妊娠したかもしれないって。元カノはそれがばれるのが恐くて、自殺しようとしているって。(でも、実際にはしてなかったんだ。きっとその元カノは別れたけれどまだ好きだったんじゃないかな。だから気を引きたくて、そんなことを言ったんだと思う)。今まで俺を信じてくれた人も信じてついてきてくれた人、みんな、裏切ってしまう。俺が悪いんだから、しょうがないか。無紗嵯、ゴメンなって。
 最初はその話聞いてショックだった。妊娠って言葉はすごく遠い言葉だって思ってた。だけど、好きな人が、今まで近くにいた人が使った言葉なんだ。私は何もしてあげられなかった。電話だったから、抱きしめてあげることもできなかった。いい言葉なんて言ってあげられないし、話聞くだけだった。そんな自分は子どもだなって思った。今はこれが当然なのかもしれないけど、私にはそのことが重かった。辛かった。
 またいろいろなことがあった。いっときして、私の○の病気があた発病していることがわかった。友達の前ではそんなこと考えている自分は隠した。こんな弱くて、悩んでいる自分なんて、知られたくなかった。でも、好きな人は気づいて、支えてくれた。泣きたい時は俺のとこで泣いてくれればいいって。久しぶりに人の前で泣いた。初めて声あげて、人に抱きついて、泣いた。今まで溜まってたもんが一気に出てたくさん泣いた。好きな人はずっとそばにいてくれた。ギュって、してくれた。すごく心強かった。・・・この人でよかったって思った。
 それから学校が始まって、二人では会えなくなった。メールもあまりできなくなった。でも学校でその人を見たら、走っていっちゃうくらいその人が好きだった。大好きだった。こんなことがたくさん続いて、今はもう、3月間近。本当にこの一年早かった。それはみんなのおかげだと思う。
 思い出を書いたらいいね。あの時あんなに幸せだったなって思う。本当にあの人を好きでいてよかったって思う。きっとこれからも自信がずっとあるわけじゃない。ときには、自分に自信がなくて、不安で、どうしようもなくなるときもあるかもしれないけど、そんな時は、せめて、悔いの残らないように生きていく。今は、学校で、少し顔見たり、挨拶するくらい。でも、それだけでもすごく幸せ。これからもいっしょにじゃなくていいから、ずっと好きでいたい。そう思える。

 今の自分は今しかいない。今のあなたも今しかいない。
 過去の私は自分の象徴。たとえどんなに汚れていても、傷ついていても、全部受け入れたい。過去のあなたは今のあなたを作った土台。それならその土台を全て受け入れないと、愛しているとは言えない。元カレとか学校で話している女の人とか焼き餅妬くより、感謝しなきゃいけないんだ。未来の私はたくさんの可能性を持っている。そんならその可能性のために努力して、辛いことがあっても、一歩一歩進んでいけるようになりたい。
 未来のあなたは何をしているんだろう。明日のあなたは何を? 2年後の春のあなたは何を? 約束通り、迎えに来てくれますか? 私が会いに行ってもいいですか? それまで信じてもいいんだよね?

 私にとって強くなること(というより、これからの目標かな・・・)自分を好きになって、今までの自分も、嫌いなところも、全部“自分”として受け入れられるようになること。たくさんの人と出会って、たくさん笑って、泣いて、そんな自分が誇れるようになること。そして、余裕ができたら、友達とか好きな人、周りのたくさんの人、家族を支えられる自分になる。
 とにかく今は自分を受け入れられるよう、全部を受け止めて、頑張ります。
 もし負けそうになったら、たくさんの人の大切な言葉や今の自分の思い、ずっと私を支えてくれているあの人の言葉、あの笑顔を思い出して、歩幅が小さくなったとしても、一歩ずつ、歩いていきます。2年後のあの人のところまで。それより未来のところまで。

 ありがとうございました。二人のメッセージすごく参考になって、ゆっくり自分のこと考えられました。これからもたくさんいろんなことあると思うけど、頑張ります。

 夢紗嵯の 『泣いたわけ・・・』 へどうぞ!
エナージーフローの間に間に・・・
 <過去を抱いているから苦しいのだ>・・・苦しいほどの過去を抱かずに生きていれるでしょうか・・・?禅の高層は言った、「私はとっくに手放しているぞ」。とてもシンプルですね。けれどシンプルになるのは難しいですよ。禅の高僧だからできること。愚仁にできることじゃない。愚仁は濁りに濁った川の下流で生きています。滝に撃たれて欲念を払う修業なんてとうていできません。水清ければ魚棲まず。若い弟子さんは山上の清流に生きていたんでしょうね。霞を喰って生きている間はいいのでしょうけれど、下界に降りたら女人に出会わぬわけがありません。人間だもの、忽然と欲望が湧出します。人助けで抱いた女人でもあの肌の柔らかさ、温かさは忘れられるものではありません。高僧はしめたとばかりその女人の肌を楽しんだのでした。思う存分味わい尽くしたのでした。至高の時を満喫できたのです。もうその時そのものになっていたのです。時の中で燃焼した高僧がいた。だから高僧なんですよね。まるで一休さんのように・・・。
 愛には肉体の目合いと魂の目合いがあるんですよね。高僧になるともう魂の目合いができるんでしょう。魂の目合いは真交いです。真の交わり合いだから本物の愛です。かってそんな愛を愚仁はスペースラブと呼んでいました。親鸞さんは性欲に悩み苦しんで呻吟していましたがある夜夢を見たんですね。美しい女人と寝てしまった。至高の時の後でその女人が聖徳太子だったことがわかります。親鸞さんは目合いは自然の営みで、性はビューティフルであることを悟ったようです。夢で真交いを知ったんですね。おもしろいと思いませんか・・・。
 木乃実さんが「手放したもの」は何だったのでしょうか・・・。手放しは忘却じゃなく、放棄じゃなく、価値の転換、意識革命なんだと思います。禅の高僧が「私はとっくに手放しているぞ」といったのも、親鸞さんが妻帯、生臭を容認できたのも価値の転換なんでしょう。「手放す」ことは共生することです。所有しないことです。自在に出会い、自在に別れる。会者定離。空即是色です。別れた人と会うこともできる、死んだ人とだって会うことができる、そんな時空があるんです。人間が持っているもう一つの時空。魂の時空は自由自在です。人は誰でも愛し合って生きています。無所有、無拘束の、あなたは私であり、私はあなたであるような、共鳴・共振のいのちの世界があるんですね。エナージーフローに載っていけば、エナージーのハーモニー、重なり合い、交わり合い、響き合う世界が創りだされていくのでしょうね。

 『木乃実ワンダーランド』へどうぞ!
あの日あの時あたしがあの場所に行かなかったら   by 桜子
幾度でも君に出会うよ。幾度でも君に騙される
うんざりするくらい君とやり直し、嫌になるまで君と不安に落ちる
道化にもなる、馬鹿者にも、火にも
誇りも冷静さもすべて捨てて、何もいらないから
ただ君が愛してくれるというなら

 そう想える人に出会えたら、みんな大人になるのかな。
 「セフレ紹介して」なんて、二度と言わなくなるのかな。一途な人になるのかな・・・。わからないけど、そう想える人に出会って、深く関わることは大事なことだと思う。そして、一歩大人になる。考え方が変わる。成長する。
 けど、そう想える人と、ずっとずっと一緒って保障はないんだ。。ケンカしてしまうかもしれない。他の人になびいてしまうかもしれない。妊娠させたのを知って、逃げてしまうかもしれない。今の気持ちが永遠って保障もない。

 こんなに好きなのに、不安はいつも消えない。やさしい言葉さえ不安を誘う。けれど、優しい言葉が二人をつないでいる。
 世の中にはたくさんの星があって、たくさんの生き物がいる。その中で、地球の中の日本の中の福岡の久留米に「花野桜子」として生まれて、2004年の5月のあの時、あの瞬間にあの場所にいた。山口に生まれた彼がKUに通うことになって、コンビニで働いて、あの場所にいた。そして、二人は出会う。
 あの日あの時あたしがあの場所に行かなかったら、二人は見知らぬ二人のままだったんだろう。これも一つの運命だと思う。
 全てが奇蹟だと思う。
 けど、運命の人は一人じゃない

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