片想い礼賛
 <からだを許さない恋愛は、あるいはカタオモイは、愛されるにふさわしい人間になる努力をするんだよね。だから成長するし、美しくなる>という≪片想い礼賛≫をテーマに編集。投稿歓迎。
「恋と自己実現」あるいは「犠牲」
 ≪☆大切ナモノ☆
by 智遙        
 私は自分の夢を自分でつかみ取りたい人だから、この彗星高に入ってきて実習がんばってる!自分でつかみ取りたいタイプだから挑戦していく!って思ってた・・・。彼氏とメールしていたとき、たまたま将来のハナシになった☆そしたら「おまえは仕事ばっかしてそうやね」って言われて、「そうかもねぇ~(笑)」って言ったら、「犠牲も大事かもしれんけど、大切なものなくさんごつ気おつけとけよ」って言われた。すごい、重かった・・・。考え方の違いだと、自分で自分を納得させた。
 夢を叶えるために頑張って、コンクールの料理とか作らなくちゃいけないから、「今日は遊べん、ゴメン!」っていうコトが犠牲?夢のために遊ぶのを我慢したコトが、彼は犠牲になってると思ったのかな?夢を叶えるために、「海外へ行きたい!」って言ったら、彼は「また夢の犠牲になった」」って思うのかもしれナイ。でもね仁、私わ犠牲にしてきたつもりわ今まで一度もなかった!!全てをいっぺんにできることなんてできんけど、少しずつ、少しずつ、合わせようって頑張ってる。だから、犠牲ってコトバ聞いたとき、めっちゃショックやった↓
 何かで輝くためにわ犠牲ってコトバが必ずついてくるの?イチローは子どもの頃練習ばっかりしていて、全然遊ばなかったけど、イチローはそれを「俺はそれを犠牲にしてる!」って思いながら練習してたのかな・・・私わちがうと思う。何かを犠牲にしてるからガンバロウって思えるんじゃなくて、今の目標を達成したら次の目標が待ってるから、ガンバロウって思えるんじゃないかな!!だから、勝手かもしれナイけど、大切なものを得るときは何かが疎かになってしまうかもしれんけど、それは犠牲じゃなくて、次に達成させたいって思う目標だって思う!≫

 智遙さんの「恋と自己実現」の問題提起を受けて、「恋と犠牲」「恋とレベル」など様々な問題へと発展させていけそうです。現実的な問題で、ココで悩んだり、迷ったりしている人はきっと多いことでしょう。そんな具体的な問題を出し合って、共有して、乗り越えていける道筋を探し出し、作りだしていきましょう。
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コメント
この記事へのコメント
智遙さん>「あたしと仕事とどっちが大事なの?」の逆状態ですね。捉え方の違いだと思うんだけど。優先順位と、大事な物・人の順位って、違わないですか?これは、うまく説明できないので、仁さんにパスしますが(笑)
それと、犠牲って言葉が智遙さんを傷つけちゃったとしても、彼に対するフォローは必要ですよね。だって、それって仕事に対する嫉妬というか、自分に自信がないからそういうんですよね、きっと。あと、仕事を嫌々じゃなく割りと楽しんでやってる人の方が、そう言われるみたいです。
心の器みたいなのも関係すると思いますが。
私は、逆に智遙さんが怒るのも効くんじゃないかと思いますね。1度位なら。「そんなに私を信じられないの!?会わなきゃ消えちゃうような関係なの!?」とかね(笑)


仁さん>私は相互リンクの件了解です☆ココ、気に入りましたよ♪
2005/01/26(水) 00:07:11 | URL | 93MR #ocvBXDC.[ 編集]
心の器みたいなのも関係する・・・
 <そしたら「おまえは仕事ばっかしてそうやね」って言われて、「そうかもねぇ~(笑)」って言ったら、「犠牲も大事かもしれんけど、大切なものなくさんごつ気おつけとけよ」って言われた。すごい、重かった・・・。考え方の違いだと、自分で自分を納得させた。>・・・男達が衰弱している。だから、女性がもう一度太陽にならなければならない。これが仁が『片想い礼賛』を提起している動機であり、テーマです。
 智遙さんは、<夢見る力>をきちんと持ち、自己創造=EXISTENCEできる人だと思っています。だから、第二ステージに立って、「恋とギセイ」の問題を考えていきたいと思っています。あんまり難しく考えないでいいですけれど、ちょっとつきあってみてくださいね。遥遥さんも同じ問題にぶっつかりましたので、意見交換ができるようになればいいなぁ、と願っています。このBLOG上で出会いが成り立てばいいなぁ・・・。

 <B><a href="http://www.medianetjapan.com/2/20/meeting/hikari7/katao/katao90.htm" target="_blank"> 「恋と自己実現」あるいは「犠牲」 </B></A>

 93MRさんからメッセージいただきました。この第二ステージの内容が進行して、共通性を獲得していくと、もっと多くの人たちの参加を得ることができるかもしれません。大人の人たちもかっては中学生でした。高校生でした。智遙さん達と同じように恋をし、悩み、苦しみ、喜び、泣いて、青年時代を通ってきたんです。仁はそんな大人の人たちが、自分たちの体験とメッセージを中高生や青年達と語り合う必要を感じてきました。2005年は、これを実現させたいと思っています。93MRさんのメッセージをいただけたことはこのプログラムを実現させる意義と実現可能だという希望を与えてくれました。語り合う力を持った高校生が存在し、問題提起し、受信する大人がいて、返信してくれる、そんな磁場を形成したいと夢を見ました。
 というわけで、智遙さんの『恋と自己実現あるいは犠牲』を智遙さんとの対話を中心に据えながら、多くの人の参入を得て、発展させていきたいと思います。智遙さんが賛成してくれると、なんか大きな世界が開けそうで、楽しくなります。考えてみてくださいね。 で、「男達が衰弱している」と書きましたが、智遙さんの彼の言葉が何を意味しているのか、彼の世界の位置はどこら辺にあるのか、と想像すると、おそらく智遙さんの自己実現を目指す現在と未来を理解することも、共有することも、もちろんサポートすることもできない地平で生きてきたんだろうナァと思います。93MRさんの言葉を借りれば、「心の器が小さい」。おおざっぱに言うと、男達は自分を大きくしないでも、自分を人間的に成長させなくても、今を楽しむだけで、恋を獲得できるんです。花があちらにもこちらにも咲いているから、咲き乱れているから、あっちの花、こっちの花へと映り歩いていけるんです。甘い汁がふんだんに男達には与えられるんです。もちろん、そんな男達ばかりじゃありませんよ。智遙さんが選んだ人はどんな人なんでしょうか・・・・。
 そこがまだわからないから、一般論で、そんな男達が増えていると思ってみてくださいね。<心の器が大きい>ってどんな生き方なんだろう。・・・ここら辺から始めていこうね・・・
 
2005/01/27(木) 14:37:58 | URL | #LUhkU0zU[ 編集]
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